値付けは「売れるか」と「続けられるか」を同時に確かめる
最初の価格を決めるときは、競合の相場だけを写すと判断材料が足りません。顧客がその金額で買う理由、一件を提供したあとに残る金額、無理なく提供できる件数の三つを並べて考えます。本記事の結論は、まず最低限必要な採算を計算し、その条件を満たす商品と価格を顧客に提示して確かめることです。
原価に利益を足せば必ず売れるわけではなく、売れた価格が生活や事業の継続を支えるとも限りません。顧客には、納品物、納期、対応範囲と価格をひとまとまりで示します。自分の側では、同じひとまとまりについて費用と時間を見積もります。この二つの見方を、最初の数件で照合するのが実務的です。
ここで使う数値は、考え方を理解するための仮定です。業界相場、推奨価格、将来の利益を示すものではありません。計算は税抜きに統一しています。実際の見積表示や税務上の処理は、事業の条件に合わせて確認してください。
この記事を読みながら、価格候補ごとの必要件数・提供上限・目標不足額を計算し、次の見積条件を一つ決める採算メモを作れます。
費用は勘定科目より、売れたときの増え方で分ける
一件追加で売ると増える費用を、まず洗い出します。材料、発送、件数連動の外注、決済手数料、利用量に応じたシステム料金などです。月額で払う費用でも、注文数によって増える部分があれば、計画上は分けて扱えます。逆に、外注費という名前でも毎月同額の契約なら、その期間のモデルでは固定的な負担になります。
日本政策金融公庫の解説は、費用を変動費と固定費に分け、損益分岐点を計算する考え方を示しています。日本政策金融公庫「収益改善策を考える」。本記事ではこの考え方を、一件単位のサービス設計に当てはめます。
分類には期間と提供量の前提が必要です。十件までは同じソフト料金でも、十一件目で上位プランが必要なら費用は段階的に増えます。家賃も永遠に一定ではありません。「今後三か月、月十件以内」のようにモデルの範囲を決め、範囲を超える案は費用を再計算します。創業者自身の時間は、現金支出がなくても提供能力を使う資源として別欄に記録しましょう。
一件当たりの限界利益を計算する
限界利益は、売上から変動費を引いた金額です。月の固定費や、その先の利益を賄う原資になります。本記事の単純化したモデルでは、一件当たりの限界利益=単価−一件当たり変動費、月の残り=限界利益×件数−月の固定費、と置きます。売上総利益は売上原価を引く会計上の区分なので、費用の扱い次第で限界利益とは一致しません。
仮に、一件三万円の業務支援サービスで、一件ごとの外注や決済等の変動費が六千円なら、限界利益は二万四千円、限界利益率は八〇%です。月の固定費が十二万円なら、五件で計算上の損益がゼロになります。十件提供できれば、三十万円の売上から変動費六万円と固定費十二万円を引き、十二万円が残ります。
この十二万円に創業者への報酬を含めているかで、読み方が変わります。この例では創業者の労働対価を固定費に入れていません。したがって、十二万円がそのまま自由に使える利益という意味ではありません。自分の取り分をすでに固定費に入れたモデルで、同じ取り分をもう一度上乗せしないことも大切です。
目標金額を、必要件数と時間に戻す
さらに月十二万円の余剰を確保したいなら、必要件数は(固定費十二万円+余剰十二万円)÷限界利益二万四千円=十件です。余剰は税引後の手取り額ではありません。個人の生活費、納税、事業の積立をいくら確保するかは、別に整理する必要があります。公庫の創業支援記事も、損益分岐点から売上目標へ進む際に、生活費などを含めた検討を挙げています。日本政策金融公庫「損益分岐点売上高と売上高目標」。
次に、十件を本当に提供できるかを確かめます。月百二十時間を仕事に充て、営業、経理、問い合わせ対応に四十時間を見込むなら、提供に使える時間は八十時間です。一件八時間なら上限は十件ですが、これは余裕を使い切った計算です。修正や欠勤、予定外の相談があれば崩れます。余白を持つためには、件数を減らしても必要額が残る価格や提供範囲を検討します。
同じ価格でも、商品が二種類になると単純な平均では読めなくなります。たとえば同じ限界利益二万円でも、提供に二時間かかる商品と八時間かかる商品では、限られた時間の使い方が変わります。比較用に「限界利益÷提供時間」を計算できますが、その数字だけで顧客を選ぶ必要はありません。継続性、学べること、品質を保てるかも合わせて判断します。
一件八時間には、打ち合わせ、準備、納品、修正まで含めます。制作だけを数えると、販売可能な件数を大きく見積もりやすくなります。受注が増える前に、最初の案件で実測して見積もりを更新してください。
記入例:工数が増えると、売れる上限は何件に変わるか
以下は教材用の条件設定であり、実案件の測定結果ではありません。月120時間から営業・事務40時間を引いた80時間に対し、突発対応用に16時間を残すと、納品に割り当てる時間は64時間です。16時間は推奨値ではなく、この例で決めた余白です。
仮に同じ範囲の3案件が、事前打合せ・制作・修正を含め8・10・12時間だったと置きます。平均10時間だけでなく、12時間かかる条件も残して比較します。失注した提案の時間は月の営業・事務に入れ、案件時間と二重計上しません。
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| 計画条件 | 納品用時間 | 1件の工数 | 上限件数(切り捨て) |
|---|---|---|---|
| 前の計算:余白なし | 80時間 | 8時間 | 10件 |
| 余白16時間を確保 | 64時間 | 8時間 | 8件 |
| 平均工数を10時間に更新 | 64時間 | 10時間 | 6件 |
| 全件が12時間かかる場合 | 64時間 | 12時間 | 5件 |
この結果なら「10件売れば足りる」だけでは受注計画にできません。6件を基本、5件を工数超過時の条件として損益を見直します。3件の平均が将来も続くとは限らず、案件の難しさが違うなら範囲別に分けます。
余白込みでも1件8時間に収まるなら上限は8件です。この8件を売れた場合、24,000円案の余剰は24,000円(目標まで96,000円不足)、30,000円案は72,000円(48,000円不足)、36,000円案は120,000円(不足なし)です。ただし36,000円案で受注が6件にとどまれば、工数が8時間でも余剰は60,000円です。提供できる件数と、注文が来る件数を分けてください。
値下げは、何件増えれば埋め合わせられるかで見る
同じサービスを二万四千円に下げ、変動費六千円が変わらなければ、一件の限界利益は一万八千円です。固定費と余剰の合計二十四万円を賄うには十三・三三…件、整数では十四件必要です。月十件が上限なら、この値下げ案は同じ提供方法のままでは目標に届きません。件数増加を期待する前に、能力の制約を確認します。
反対に三万六千円なら、限界利益は三万円、必要件数は八件です。ただし高い価格で八件受注できる証拠は、計算表からは得られません。顧客が評価する成果、代替手段、導入の負担を確かめ、条件を明示した提案への反応を見ます。採算表は提示可能な条件を絞る道具であり、需要の検証は別に必要です。
需要が弱い月も試算します。元の三万円で六件なら、限界利益十四万四千円から固定費十二万円を引き、残りは二万四千円です。十件の計画との差は九万六千円になります。固定費を減らすと、その差を一部吸収できますが、営業機会や品質を落とす支出削減では翌月の受注を損なう可能性もあります。何を減らすと何が変わるかを、金額と提供条件の両方で確認します。
期間限定の試行価格を使うなら、対象、終了条件、通常価格へ移る時期を事前に決めます。試行のために許容する負担も予算に入れます。安くした結果だけを見て「需要がある」と決めず、通常条件では何が障害になるかを尋ねましょう。
同じ価格でも、6件しか提供できないと結論が変わる
上の図は余白なし・1件8時間の上限10件を示しています。ここでは前節の余白込み・平均10時間で上限6件に変えます。1件の変動費6,000円、月固定費120,000円、目標余剰120,000円は同じです。表の金額は税抜き、全6件を販売・提供できる仮定であり、需要の予測ではありません。
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| 1件の価格 | 限界利益 | 目標に必要な件数 | 6件提供時の月余剰 |
|---|---|---|---|
| 24,000円 | 18,000円 | 14件 | −12,000円 |
| 30,000円 | 24,000円 | 10件 | 24,000円 |
| 36,000円 | 30,000円 | 8件 | 60,000円 |
| 46,000円 | 40,000円 | 6件 | 120,000円 |
6件で目標に届く計算上の価格は、6,000+(120,000+120,000)÷6=46,000円です。これは推奨価格でも顧客が払う価格でもありません。12時間の案件が続いて5件になると、この価格でも余剰は80,000円に下がり、目標まで40,000円不足します。
36,000円を維持する案なら、必要な8件を64時間で提供するために1件8時間以下が条件です。修正回数や対象帳票を絞った試験提供で、本当に収まるかを測ります。46,000円の案なら、その範囲と価格を示した提案への行動を確かめます。どちらも未確認なら受注上限を増やして帳尻を合わせず、目標・固定費・提供範囲のいずれを見直すか決めます。
自分の計算では、①月の総時間−営業・事務−余白、②①÷1件工数の切り捨て、③販売できる見込み件数と②の小さい方、④(価格−変動費)×③−固定費の順で埋めます。工数が平均の場合と長い場合の2列を作り、両方で判断してください。価格−変動費が0以下なら、件数を増やしても固定費と目標余剰を賄えません。
価格を変える前に、約束する範囲を整える
価格が合わないときの選択肢は、値下げだけではありません。初回診断と実装を分ける、納品形式を標準化する、対応する窓口や回数を明示するなど、顧客が必要とする成果を保ちながら提供時間を短くする余地を探せます。重要なのは、削る作業が顧客にとって必要な成果まで損なわないことです。
たとえば修正対応が読めないなら、基本料金に含む確認工程、修正の範囲、追加変更の相談方法を提案時に示します。「修正二回まで」という回数だけでは、一回の変更が全面作り直しになる場合を防げません。何を完成とみなすか、前提となる資料を誰がいつ用意するかまで決めると、見積もりの誤差を減らせます。
最初は商品を細かく増やしすぎず、一つの基本案と、範囲の異なる一つの案で比較する方法を提案します。これは編集上の運用案で、普遍的な最適解ではありません。受注できた理由だけでなく、辞退理由と実際の対応時間を残し、どの条件なら顧客と事業の双方に無理がないかを判断します。
最初の案件で記録する五つの項目
- 提示した価格と、値引き・追加対応を含む最終的な売上
- 案件に直接ひもづく変動費と、見積もりとの差
- 営業から修正までの総時間。未受注の営業時間は月全体でも把握する
- 入金予定日と実際の入金日
- 購入・辞退の理由と、次回も同条件で提供できるか
集計するときは、極端に楽だった一件だけを標準にしないようにします。平均に加え、時間が多くかかった案件の理由を読みます。顧客ごとの例外なのか、商品設計に繰り返し発生する作業なのかで、価格を変えるべきか、範囲を変えるべきかが異なります。
集客費も見落とせません。毎月一定の広告予算を固定費に入れる方法と、獲得単位で追う方法があります。同じ支出を両方に足さず、集計の目的と期間をそろえます。実績の少ない段階で長期の継続利益を大きく仮定するより、まず初回取引までに使った費用と回収を確認すると、判断の土台が明確になります。
今日つくるのは、価格表と一枚の採算メモ
まず一つの商品について、価格、含む範囲、一件の変動費、総提供時間、月の固定費、余剰目標を書いてください。そこから必要件数を計算し、余白を含む提供上限と比較します。必要件数が上限を超えるなら、価格、範囲、費用、目標のどれを変えるかを決めてから営業に進みます。
すでに受注がある場合は、次の見積もりを出す前に直近の案件と比較します。価格が妥当かという抽象的な問いを、「この範囲をこの時間で提供したとき、必要な金額が残るか」「その条件で買う顧客がいるか」という確かめられる問いに変えましょう。
なお、利益が出ても入金前に支払いが来れば資金は不足します。ここで作った採算モデルと、入出金日を並べる資金繰りの表は併用します。次は開業前後の資金繰りで、売れる計画が手元資金の面でも続けられるかを点検してください。
コピーして埋める採算メモ
金額は税抜き、時間は月単位に揃えます。下の記入例は教材用です。単価に比例する手数料がある場合は、1件限界利益=単価×(1−手数料率)−その他の1件費用とし、手数料を二重に引かないでください。以下の例では手数料率0%、1件費用6,000円は価格に連動しない仮定です。
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| 入力・判断欄 | 自分のメモ | 教材の記入例 |
|---|---|---|
| 単価/1件費用/売上連動手数料率 | __円/__円/__% | 36,000円/6,000円/0% |
| 月固定費/目標余剰 | __円/__円 | 120,000円/120,000円 |
| 総時間/間接業務/予備時間 | __時間/__時間/__時間 | 120時間/40時間/16時間 |
| 1件工数/受注見込み(根拠も記入) | __時間/__件(__) | 10時間/8件と仮置き。受注根拠は未確認。 |
| 必要件数/提供上限/試算する件数 | __件/__件/__件 | 8件/6件/6件。需要8件なら2件は対応できない。 |
| 必要件数を提供する時間/使える時間 | __時間/__時間 | 80時間/64時間。16時間足りない。 |
| 月余剰/目標不足額 | __円/__円 | 60,000円/60,000円 |
| 次に変える条件/確かめる方法 | __/__ | 成果を保ちつつ修正範囲を絞る。1件8時間以内か試験提供で測る。 |
空欄は0として計算せず「未確認」と残します。マイナス入力、1件工数0以下、手数料率100%以上はこのモデルでは使いません。総時間が間接業務と予備時間の合計より少なければ提供枠は0として時間配分を見直します。費用が件数に応じて段階的に増える場合や複数商品では、同じ固定費・工数のまま件数を延ばさず条件別に再計算します。
参考にした一次資料
本文中のリンクとあわせて、判断の前提を確かめるためにご利用ください。制度やサービスの内容は変更されることがあります。
- 日本政策金融公庫「アフターコロナを見据えた収益改善策を考える」(2022年9月)参照確認:2026-10-05
- 日本政策金融公庫 START「第6回 損益分岐点売上高と売上高目標」(2023年3月22日)参照確認:2026-10-05
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